インドの歴史 (編集・構成 造事務所 水島司 監修より引用)
BC 2600
インダス文明
インダス川流域に文明が発達 肥沃な平原で作物が育つ
BC 1500
アーリア人インド進出
遊牧民の進出
BC 1000
リグ・ベーダーが成立
ガンジス川流域へ
バラモン教のバルナ(種性)制度
バラモンを頂点にクシャトリヤ バイシャヤ シュードラの4つのバルナ(種性)に分けられる。
バルナはもともと色を表し肌の色から区別するために生まれた言葉。
バルナはのちに職能別に身分を分けたジャーテイ(生まれや家柄)という集団意識で細分化されていく。
バルナとジャーティをポルトガル人が血統を意味するカスタと呼んだことから「カースト」という言葉が
定着している。
BC 600
十六王国割拠
商工業発達に伴い城壁で囲まれた都市国家が生まれ覇権争いするようになった。
BC 500
仏教とジャイナ教創始
世界三大宗教の一つである仏教の開祖ガウタマ・シッダールタが苦行の末「目覚めたもの」を意味する.。
「ブッダ(仏陀)」あるいは釈迦牟尼という尊称で呼ばれるようになった。
仏陀は生きることを苦ととらえ苦しみが生じるのはあらゆる存在が諸行無常(移り変わるもの)であるのに
それに気づかず何かに固執するためとしている。そのため輪廻からの解脱を目標としての道徳的、
慈悲の尊さを説く教えは都市住民にしんとうしていき世界中に広まっていく。
同時期に生まれたジャイナ教はインド国内にとどまった。
BC 326
アレクサンドロス大王がインド西北部に進出
マケドニア王国のアレクサンドロス大王が進軍したがインド西北部征服はわずか2年だった。
BC 317
マウリヤ朝成立
第3代王のアショーカがインド全域を統一。
好戦的態度をあらためダルマ(人間の守るべき基本的義務)を実現する政治を仏教的考えのもと行うようになった。
タミル三王国が並立
南インドではチョーラ朝、パーンデイヤ朝、チェーラ朝の三王朝時代が長く続いた。
BC 100
サータバハーナ朝が成立
100
クシャーナ朝が成立
400
グプタ朝が成立
二大叙事詩が成立
ヒンズー教の聖典とされる二大叙事詩「マハーバーラタ」と「ラーマーヤナ」が形作られた。
400〜500
ヒンズー教が成立
今日のインドの8割が信仰するヒンズー教がグプタ王朝時代に成立
特定の開祖もなく唯一の聖典もない。入信の儀式や全体を束ねる組織もない。
複数の神を信じる多神教で自然崇拝的信仰から哲学にいたるまであらゆる要素を含んだ宗教。アーリヤ人
のインド進出からバラモン教が伝わりこれに先住民の宗教が融合しヒンズー教が成立した。
ヒンズー教には様々な神がいたが大半は「シバ」と「ビシュヌ」でシバは創造と破壊の神
ビシュヌは世界を維持する慈悲の神。
600
チャールキヤ朝が成立
グプタ朝滅亡後北インドを統一したハルシャはデカンに存在したチャールキャ朝との戦いに敗れて滅びる。
ハルシャはバルダナ朝を創始。
ハルシャはヒンズー教徒であったが仏教にも理解を示しアジア各地から僧侶が訪れた。
この中に三蔵法師もおり後の大唐西域記によりこの時代のインドの様子が伝わった。後の西遊記。
630
中国僧の玄奘(三蔵法師)が入朝
700〜
アジャンター石窟群の造営終わる
デカンでも文化が開き代表的なのがアジャンタ石窟寺院。
900〜
チョーラ朝が成立
1000〜
エローラ石窟群の掘削が終わる。
1025
チョーラ王が東南アジア遠征
積極的海上貿易により強大となった。
1200〜
ゴール朝が成立
現在のアフガニスタン中部のゴール地方を拠点としたムハンマドによる王朝。
弟が後を継ぐが暗殺される。
1206
奴隷王朝が始まる
混乱に乗じアイバクが王朝を成立。アイバクがゴール朝のマルムーク(奴隷)出身の軍人だったので
奴隷王国と呼ばれた。
1336
ビジャナガル王国建国
最盛期には南インド大半を領域にした。
1347
バフマニー朝が成立
15世紀後半までデカン以南はバフマニーとビジャガナルの2つの王国が並立。
1500〜1600〜
シク教が成立
1526
ムガル帝国が成立
中央アジア生まれのバーブルがローディ朝と戦いデリーとアーグラーを占領。ムガル朝が成立。
帝国成立の前後からヨーロッパ人が進出。
1700〜
イギリス東インド会社がインド進出
インド貿易独占のためイギリス王室は東インド会社を設立。
1700〜1800
ムガル帝国が最盛期を迎える
イギリス人支配で生活が貧しくなった。
1857
インド大反乱
デリー近郊のメーラトにおいて東インド会社に雇われていたシパーヒ(兵士)が反乱を起こす。
農民から領主迄あらゆる階層を巻き込みインド各地に広がり、インド大反乱が起こる。
結果は制圧されてしまう。
1858
ムガル帝国滅亡
インド統治法成立 インドがイギリス領に
イギリスでインド統治法が制定される。イギリス政府がインドを統治することになった。
統治は現在のパキスタン、バングラディシュ、ミャンマーまでにおよぶ。
1885
インド国民会議派結成
イギリス統治下のなか知識人を中心にインド人自ら祖国の統治を担うべきという考えが広まってきた。
これをきっかけにインド国民会議派へと変貌する。
インド経済も発展し始めた。
1906
ムスリム連盟結成
国民会議派には主導権を握るヒンズー教徒に対し少数派のムスリムの不満が高まりムスリム連盟が結成される。
1930
塩の行進
ニューヨークの世界大恐慌がインドにも及ぶと反英運動を再開したガンジーは貧しい民衆を救うため
政治と経済の改革をイギリスに要求。この中に食事に欠かせない塩をイギリスが独占してることが
大きな問題となった。塩の行進がおこる。
1935
新インド統治法成立
選挙権の拡大が盛り込まれた新たなインド統治法が成立した。
これにより中央政府はイギリスが握るが各地の州議会が選挙で選ばれたインド人議員の手によって
運営されることになる。
1942
クィット・インディア開始
立場を強めた国民会議派はガンジー主導のもとイギリスの即時撤去を求めて「クィット・インデイア
(インドを立ち去れ)」を決議したがガンジーやネールなどの指導者が逮捕される。
このため大規模な反英運動が起こる。
この間ボースが自由インド臨時政府の樹立を宣言。後に日本軍インパール作戦参加失敗
により大きな犠牲を出す。
1947
インド独立
ネルーが率いる国民会議派とジンナーが率いるムスリム連盟の溝が深まる中イギリスでインド独立法が成立。
インドは独立しネルーが首相となった。
1948
ガンジー暗殺
1950
インド憲法施行
1962
インド中国国境紛争勃発
1965
第二次インドパキスタン戦争
1971
第三次インドパキスタン戦争
1974
初の核実験
1977
国民会議派政権を失う
1984
インディラ暗殺
経済の自由化が始まる
2004
統一進歩同盟による政権が始まる
2014
国民民主連合による政権が始まる